プロフィール

pro1998

Author:pro1998
☆「ツイテル」へようこそ!
☆気分がいいとき“ツイテル”
☆気分が良くない時も“ツイテル”
☆人生を楽しみましょう♪

参感日「ツイテル」
有名人誕生日検索&今日は何の日
GreenWinNetwork・・・ 携帯電話& アフィリエイトは、グローバル化 新時代へ ・・・


カテゴリー


FXマーケット情報

パーツ提供:ALL外為比較

最近の記事


最近のコメント


最近のトラックバック


ブロとも一覧


ブロとも申請フォーム


広告


月別アーカイブ


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
『上海証券取引所と深セン証券取引所は31日から海通証券など中国証券大手6社に信用取引を解禁した。
貸株の対象銘柄は上海上場が50銘柄、深セン市場が40銘柄。中国石油関連大手の中国石油天然気(ペトロチャイナ)や不動産大手の万科企業なども含まれている。
信用取引はリスクが高いため、証券各社は口座開設には預かり資産が50万元(約680万円)以上など厳しい条件を付けた
信用買いの金利は7.86%、貸株料は9.86%に設定した。
31日の上海株式市場では、主要指数の上海総合指数が前日比0.3%安で午前の取引を終えた。
足元では、信用取引解禁の影響は限定的とみられる。』
<日本経済新聞>

<<今日の雑学>>
【日本初のハイジャック】
『1970年3月31日、日本航空史上初の旅客機乗っ取り事件『よど号事件』が起こった。
乗客131人と乗員7人を乗せて羽田を離陸し福岡へ向かっていた日本航空の午前7時21分発351便・ボーイング727(よど号)は、富士山近くを飛行中の7時30分ごろ、赤軍派と称する学生らしき数人に日本刀を突きつけられ、朝鮮民主主義人民共和国の平壌へ行けと命じられた。
機長は燃料不足を理由に福岡空港に着陸。
この時点からTVの生中継が始まり、多くの国民が固唾をのんで事態の推移に見入った。
犯人への必死の説得も成功せず、よど号は北朝鮮に向かい、運輸政務次官の山村新治郎が身代わりとなって乗客は全員解放された。
共産主義者同盟赤軍派の田宮高麿以下8名の犯人は北朝鮮へ入国を果たして、よど号が羽田に帰還したのは4月5日午前9時だった。』
スポンサーサイト
『オバマ米大統領ら米英仏加韓5カ国の首脳は30日、20カ国・地域(G20)首脳会議のメンバーに対し、世界経済の持続的な成長に向けて政策協調を強化するよう呼びかける書簡を送った。
世界経済について「初期段階にある回復は依然として弱い」として、各国で新たなリスクへの対応や強固な景気回復、雇用創出などが重要になると表明。
財政・金融政策や為替政策、貿易政策などでの協調を求めた。
金融機関の資本や流動性に関する国際規制を年末までに策定し、2012年末までを目標に景気回復が確実になった時点で実施することも盛り込んだ。
書簡は、これまでG20首脳会議を開催した米英と今後開催するカナダ、韓国、フランスの首脳が連名で、G20の首脳らに29日付で送った。
前週にカナダのオタワで各国の高官らが集まり、G20の議題などを議論したことを受け、首脳らに直接、協力を要請した形だ。』
<日本経済新聞>

<<今日の雑学>>
【嫌われものだったエッフェル塔】
『1889年3月30日、パリ万国博覧会のために計画されたエッフェル塔がパリのシャン・ド・マルス広場に完成した。
4年前のロンドン万国博覧会の水晶塔に対抗したもので、鉄骨構造技術の開拓者エッフェル(塔の下に像がある)の設計で建てられた。
力学的構造がそのままデザインの美しさになっており、ベッセマー鋼使用による鋼構造物時代を開いた記念的存在でもある。
しかし、17カ月の日数と650万フランの工費をかけて作られ、今でこそパリ名物になっているこの塔も、当時はパリの美観を損なうものだといわれ、1909年には解体寸前にまでいったこともある。
第2次大戦後は放送に利用され、アンテナを含む高さは320mになった。エッフェル塔は自殺の名所としても知られ、1年平均4件の飛び降り自殺が起きているという。』
シンガポール取引所(SGX)は29日、日経平均株価の構成銘柄の配当額を指数化した「日経平均・配当指数(日経配当指数)」の先物を7~9月に上場すると発表した。
国内では東京証券取引所が同先物を7月に上場すると発表しているが、海外の取引所による上場はSGXが初めて。
日経配当指数は4月に算出・公表を始める新指数。
先物取引により投資家は配当の変動リスクを軽減できる。
SGXのデリバティブ(金融派生商品)部門では日経平均先物が売買高で最大の商品で、売買単位が小さいミニ日経平均先物や米ドル建てなども上場している。』
<日本経済新聞>

<<今日の雑学>>
【サーロイン・ステーキの語源】
『毎月29日は肉の日。
肉といえば、ステーキ。ステーキといえば、サーロイン・ステーキが有名だが、牛の上部腰肉のsirloinは、ステーキ肉でも最上級とされ、その命名についてはイギリスのヘンリー8世に由来するという説がある。
彼はローマ教皇と喧嘩してイギリス国教会を作ってまで離婚を強行。次々と妻を斬首しては6人もの女性と結婚したことで知られる王様だが、食道楽としても有名。
彼の食べた腰肉(loin)があまりに美味しくて、サー(sir)の称号を与えたというものだ。
だが、サーロインの語源はフランス語の「シュールロンジュ」(surlonge)に由来するという説もある。
シュールは「上」で、ロンジュは「背肉」の意味。ロンジュよりさらに上側をシュールロンジュといい、シュールロンジュが英国に入って「サーロイン」になったという。』
『カナダが議長国を務める主要8カ国(G8)外相会合が29日から2日間の日程で開幕する。
イランの核開発問題では追加制裁に慎重なロシアを巻き込み、制裁強化へ合意できるかが焦点。
5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議に向けた核軍縮・不拡散の議論も関心事だ。4月に国連安全保障理事会の議長国となる日本が存在感を訴える機会にもなる。
イランの核開発問題を巡っては米国を中心に国連安保理で追加制裁案を調整中。
議長国のカナダも追加制裁に積極的だ。一方、ロシアは過去3回の制裁決議で慎重姿勢を取っており、今回も態度を明確にしていない。
イランと友好関係を築いてきた日本は制裁強化も辞さない構えだが、対話の必要性も主張する見通し。
5月のNPT再検討会議に向けて核軍縮や不拡散、原子力の平和利用の3本柱の議論が活発になっている。
日本は豪州と2月に発表した共同声明で、オバマ米大統領が提唱する「核兵器のない世界」構想を後押しする姿勢を明確にした。
G8外相会合でもすべての核保有国が核兵器の削減を強化すべきだとの認識で一致する見込みだ。』
<日本経済新聞>

<<今日の雑学>>
【「新婦人協会」結成】
『1920年3月28日、青鞜社の文学活動で知られる平塚らいてう(雷鳥)の主唱のもと、市川房枝、奥むめおといった女性運動家が日本で初めて女性の政治的自由を要求した進歩的女性団体「新婦人協会」を結成した。
彼女らの主張は「婦人の能力を自由に発展せしめるため男女の機会均等」「男女の価値同等観のうえに立ち、その区別性を認め、相互の協力を主張すること」「婦人、母、子供の権利を擁護し、その利益の増進をはかるとともに、これに反する一切を排除する」というものであった。
会員は400名を越え、機関誌『女性同盟』を刊行。婦人の政治的活動を禁止した治安警察法第5条の撤廃請願運動、性病男子の結婚禁止法制定促進運動など積極的な活動を展開。治安警察法の改正に成功したが、内部対立が原因となって1922年12月解散した。』

『米政府は26日、住宅ローンの借り手を対象とする支援制度を拡大すると発表した。
(1)失業者の住宅ローンの返済条件を緩和する
(2)住宅の時価が購入時の価格を下回っている場合、政府支援の低利ローンへの借り換えを容易にする――ことなどが柱。
差し押さえの増加を抑え、住宅市場の回復を下支えするのが狙いだ。
失業者向けでは住宅ローンの返済負担を3~6カ月間緩和する。必要な場合は政府支援の低利ローンへの借り換えを可能にする。
失業していない借り手でも、保有する住宅に含み損が出ていれば、元本を一部削減して低利ローンに借り換えられるようにする。支援の財源は金融安定化法の公的資金枠の一部を活用する。』
<日本経済新聞>

<<今日の雑学>>
【切腹の本当の理由は謎の千利休】
『1591年2月28日、茶道の開祖・千利休が豊臣秀吉の怒りに触れて自害したといわれる。
その1カ月後れの今日が利休忌とされ、表千家は27日、裏千家は28日に追善茶会を行う。
1522年に堺に生まれた千利休は、北向道陳に茶の湯を学び、のちに武野紹鴎に師事した。織田信長、豊臣秀吉に重用され、85年、秀吉の関白就任にあたり茶会が禁中小御所で開かれた際、正親町(おおぎまち)天皇に茶を献じて、利休居士の号を贈られている。87年には秀吉とともに北野大茶会を開くなど天下一の茶匠となった。
草庵風の茶室を完成し、茶道を民衆の生活のなかに根づかせたが、秀吉の怒りにふれて切腹することとなった。
その原因については大徳寺山門に自像を置いたことなど諸説あるが、事実は定かではない。織田有楽斎、細川忠興など数多くの弟子に受け継がれた利休の茶の流れは、3世宗旦から表千家、裏千家、武者小路千家の三千家に分かれ、今日にいたっている。』
『バーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長は25日の下院金融サービス委員会での証言で、事実上のゼロ金利政策について「長期間維持すると説明しているが、特定の期間に言及していない点に注意を払うことが重要だ」と強調した。
同議長は「現時点では(株や債券など)主要な資産市場でバブルは起きていない」と指摘。
景気下支えに向けてゼロ金利政策を当面続けるとしつつ、雇用情勢やインフレ期待に変化があれば「適切に対応することになる」と語った。
超低金利を『長期間』維持するFRBの方針について、市場では半年程度を意味するとの見方が有力だが、経済情勢によって『長期間』の定義は変わりうることを示唆。市場の期待が一定方向に傾かないように注意を促した。』
<日本経済新聞>

<<今日の雑学>>
【「一番風呂」の功罪】
『毎月28日は「風呂の日」。
家庭に風呂のある人でも、たまには銭湯へ行ってみるのもいい。
さて、家風呂でとかく争いになるのが風呂に入る順番。先に入りたがる者もいれば、逆に昔からの「さら湯は身の毒」とか「一番風呂は馬鹿が入る」という考えにこだわって、新しいお湯に入りたがらない者もいる。
特に老人にはよくないといわれるが、この説にはそれなりの科学的根拠もあるらしい。
新しいお湯に入ると、体内のカリウムやナトリウムなどの成分が出ていってしまうというのだ。
お湯が新しいほど多く流出するといわれ、新陳代謝があまり活発でない年寄りほど身体に悪いというわけだ。
また、若い女性が入ったあとのお風呂がいいという説もあって、男性より女性のほうが有機物を多く出すとか、女性ホルモンとの関係も云々されるが、それには確たる論拠はない。』
『中国の大手石油会社、中国石油天然気(ペトロチャイナ)が25日発表した2009年12月期通期決算は、純利益が1033億8700万元(約1兆3900億円)と前の期比9.7%減少した。
原油相場の下落を受けて採掘部門が低迷、売上高は同5%減の1兆192億7500万元だった。
09年の設備投資額は2668億元で、約半分を採掘部門に費やした。
香港で記者会見した蒋潔敏董事長(会長)は「今後も海外の権益獲得の機会を探していく」と強調した。
同社は南米や豪州などで資源会社を相次ぎ買収、海外での利権確保を進めている。』
<日本経済新聞>

<<今日の雑学>>
【自費出版から生まれた名作】
『1906年3月25日、島崎藤村の長編小説『破戒』が自費出版された。
被差別部落出身の小学教員・瀬川丑松を主人公に、無知や因襲と戦い、解放を求める人間の苦悩を描いたこの作品は、日本の自然主義文学の代表作とされる。
藤村は本名・春樹といい、1872年に木曽(長野県)馬籠宿で、本陣・問屋・庄屋の家系の四男として生まれた。
81年には上京し、その後明治学院へ入学したが、ナポレオンの伝記を読んで政治家を志したという逸話もある。
キリスト教に入信し、卒業後は明治女学校教師となり、教鞭を執るかたわら文学を志す。
『文学界』創刊とともに同人となって北村透谷に心酔し、97年に第1詩集『若菜集』を出版。近代詩に浪漫主義を確立する一方、自然主義小説に傾倒していった。
『破戒』ののちも『家』『新生』『夜明け前』などの名作を残し、1943年に死去した。』

『ドイツやフランスなど欧州連合(EU)の主要国は、財政危機のギリシャに対する金融支援策で、EUと国際通貨基金(IMF)が協調融資する方向で最終調整に入っていることが23日、分かった。
25日からブリュッセルで開かれるEU首脳会議で合意を目指す。
EU内では支援に前向きなフランスやスペインに対し、ドイツが強く反対してきたため、ファンロンパイEU大統領(首脳会議の常任議長)らが妥協策を模索していた。』
<日本経済新聞>

<<今日の雑学>>
【梶井基次郎の不遇な死】
『1932年3月24日、梶井基次郎は第三高等学校時代以来の持病だった肺結核のため、大阪府住吉区の自宅で母に看取られながら31歳の生涯を終えた。
1901年に大阪に生まれた梶井は、東大英文科在学中の25年に同人雑誌『青空』を創刊。
この年に『檸檬』など青春の虚無と退廃の詩情を繊細な文体で綴った秀作を続々と発表したが、文壇からは黙殺された。
結核のために大学も中退し、その後も不遇な時期が続いた。
大阪での療養生活を描いた『のんきな患者』でようやく文壇も認めるところとなったが、皮肉にもこれが絶筆となった。
彼の書き残した作品は、いずれも短編あるいは散文詩ふうのもので、量も多くはない。
しかし、鋭い感受性と的確で豊かな詩情の混じり合った美しい表現は、死後ますます高く評価されて、35年には『梶井基次郎全集』3巻が刊行されている。』
『日本経団連の御手洗冨士夫会長は23日の記者会見で、国内景気について「完全に底は打った」との認識を示した。
「中国・アジアの急回復で輸出・生産が持ち直している。個人消費にはまだ力強さがないが、企業の景況感は良くなりつつある」と説明した。
4月以降についても「(日本企業の主要輸出先である)米国でも設備投資が好転し、個人消費も緩やかに回復している。
日本はアジア・米国に比べると遅れているが、次第に良くなっていくのでは」との見方を示した。』
<日本経済新聞>

<<今日の雑学>>
【緒方洪庵の適々斎塾】
『大塩平八郎の乱がおこった翌年の1838年3月23日、緒方洪庵は、大阪の瓦町で医学・蘭学を教える適々斎塾(適々塾、適塾とも)を開設。
洪庵の医師・医学者としての実力と人柄、医学を志す者以外にも広く洋学を教える開放的な塾風から、3000人もの塾生が集まった。
そこからは維新や明治期に活躍する、橋本左内、福沢諭吉、大村益次郎、大鳥圭介、長与専斎など多くの人材が育った。
1810年に備中足守で生まれ、大阪で医学を学んだ洪庵は、30年に江戸で蘭学を学び、36年には長崎で蘭方の知識を深めた。
62年には幕府に迎えられて奥医師兼医学所頭取となったが、翌年には江戸で急死している。医師としては種痘の普及やコレラの治療を行い、その熱心で適切な治療は、西洋医学に対する信頼や蘭学医の社会的地位を高めたといわれ、著書も多い。』
『長妻昭厚生労働相は21日のNHK番組で、民主党の年金改革案の最低保障年金について、月7万円の方針を変更する考えはないとした上で「大改革になる。大原則を示して皆さんの意見を聞く」と述べ、政府の新年金制度検討会が5月に基本原則をまとめた後、国民に大規模なアンケートを実施してその結果を重視していく考えを示した。
長妻氏は番組後、記者団に「(導入時に混乱した)後期高齢者医療制度のようなことを防ぐためにも、アンケートをしてコンセンサスを得られやすい形でやりたい」と説明。最低保障年金への物価スライド適用も議論していく意向を示した。
また長妻氏は番組内で、紙台帳の年金記録とコンピューター記録の全件照合により「600万件で年金受給額が増える」として、照合の意義を強調した。サンプル調査による推計で、厚生年金約560万件、国民年金約42万件の記録不一致がこれまでに判明している。』
<日本経済新聞>

<<今日の雑学>>
【人力車普及の理由】
『1870年3月22日、東京府(現在の東京都)が人力車の製造・営業を許可した。
許可を受けた人物のなかに東京の料亭で働いていた和泉要助という人物がおり、彼が一般に人力車の発明者だといわれている。
人力車は当初、なかなかお客がつかなかったが、もの珍しさから次第に人気を集め、数年後には全国的に普及するようになった。
当時、車賃は籠賃の約2倍だったが、籠より早くて乗り心地はよかった。
また、人力車は座席の高さも人気の秘密だった。
それまで侍や商人にひざまづきながら見上げる暮らしを強いられていた庶民にとって、人力車に乗って人を見おろしながら走ることは実に気持ちがよく、人力車の普及の背景にはそうした庶民感情も働いていたといわれる。』
『外国為替市場で個人が高金利通貨への投資姿勢を強めている。金融危機後の世界経済の回復を見込み、オーストラリアドルや南アフリカランドなどの資源国通貨を買う動きが目立つ。ギリシャの財政不安の沈静化を背景に、いったん為替リスクを避けて円に戻した資金を再び外貨に振り向け始めた形だ。株価回復も高金利通貨投資の支援材料になっている。
19日時点の豪ドルの対円相場は1豪ドル=83円前後。市場関係者の間でギリシャなど南欧諸国の財政不安が強まった年明け以降、円を買い戻す動きが強まったが、ギリシャが自主的な財政再建に動き出したことで、最近は再び豪ドルが上昇基調を強めている。南アランドやニュージーランドドルも同じような値動きになっており、低金利通貨のドルやユーロ/async/async.do/ae=P_LK_ILTERM;g=96958A90889DE2E6E3E5EBE7E5E2E3E4E2E1E0E2E3E29BE0E2E2E2E2;dv=pc;sv=NXとの二極化が鮮明だ。
一般に高金利通貨は金利と為替差益の両方を期待できるため、まとまった資金を一度に動かす欧米の投資マネーなどが流入しやすいといわれる。その分、輸出入などの実需/async/async.do/ae=P_LK_ILTERM;g=96958A90889DE2E6E3E5EBE0EBE2E3E4E2E1E0E2E3E29BE0E2E2E2E2;dv=pc;sv=NXの取引が多く、流動性が高い米ドルやユーロなどに比べて値動きが激しくなり、為替変動リスクも大きくなりがちな傾向がある。
東京金融取引所/async/async.do/ae=P_LK_ILTERM;g=96958A90889DE2E6E3E5E7EAEAE2E3E4E2E1E0E2E3E29BE0E2E2E2E2;dv=pc;sv=NXの外為証拠金(FX)取引「くりっく365」の通貨別売買高(取引数量)をみると、2月に豪ドル・円取引が米ドル・円取引を約4割上回り、6カ月ぶりに通貨別売買高で首位になった。3月(19日まで)に入ってからも、豪ドル・円が米ドル・円を約4割上回る。
豪ドル取引に資金が流れ込んでいるのは、世界経済の回復に伴う資源価格の上昇期待に加え、主要国の中で先行して利上げ局面に入っているためだ。くりっく365の豪ドル・円取引では豪ドルの買い越しが2005年の取引開始から続いており、個人の外貨投資の受け皿になっている。店頭FX取引大手の外為どっとコムも「豪ドルの場合は長期投資目的での買いが目立つ」という。
豪ドルなどの高金利通貨の今後の見通しについて、市場では「株価への連動が強まりやすくなる」(外国銀行)との指摘が多い。世界経済の回復観測を背景に、日経平均株価/async/async.do/ae=P_LK_ILTERM;g=96958A90889DE2E6E3EBE2E4EBE2E3E5E2E1E0E2E3E29BE0E2E2E2E2;dv=pc;sv=NXなど世界の主要株価は09年3月ごろから、資源国通貨とほぼ歩調を合わせて上昇してきた経緯があるためだ。株価が上昇すれば、個人のリスク許容度が高まり、為替変動リスクが大きくなりがちな高金利通貨にも投資しやすくなる。
「日米とも超低金利政策が当面続くため、資源国通貨はドルと円に対して総じて上昇しやすい」(JPモルガン・チェース銀行の佐々木融氏)との読みもある。オーストラリアやインドなど資源国や新興国は相次いで利上げ局面に入っている。ギリシャの財政問題が再燃するなど市場の不安心理が強まらない限り、個人の高金利通貨への投資が広がる傾向が当面続く可能性が高い。』
<日本経済新聞>

<<今日の雑学>>
【「のどか」と「うららか」】
『彼岸も終わると、日もゆるんできて、のどか(長閑)でうららか(麗らか)になってくる。
のどかとは、静かで穏やかなようすをいい、うららかとは、日の光ののどかなさまをいう。
ではこの語源は?のどかには、ノビトオヤカとかノドケの転訛という説がある。
記紀・万葉のころは単に「のど」といい、季節感とは関係なかったが、10世紀初めには日和そのものを言い表すようになり、春の季節を表現する言葉として使われるようになった。
長閑の「長」は日の長さをさすとか。一方、うららかは、古代の「うらうら」という言葉が「うらら」(文部省唱歌『花』でも「春のうららの隅田川」と歌われている)と略されたものに、接尾語の「か」がついたものだといわれている。
もとの「うらうら」は江戸時代の語学書『言元梯』では「ユラユラ(寛々)の転」としているが、ユラユラはゆったりとしたといった意味と思われる。』

<<今日の雑学>>
【東京国立博物館と上野動物園がオープン】
『湯島聖堂を陳列館として1871年に発足した日本最初の博物館・東京国立博物館(旧称は宮内庁管理の帝室博物館)が、上野公園内に移転して82年3月20日に開館。
また、その附属施設として日本初の動物園・上野動物園(東京都恩賜上野動物園)も併せて開園した。
東京国立博物館はイギリス人コンドルが設計した建物で、1937年には現在の本館が竣工。ほかに表慶館、東洋館、法隆寺宝物館があり、現在では国宝、重要文化財をはじめ、美術、工芸、歴史、考古、民俗資料など約10万点が所蔵されている。
上野動物園は開園当初、水牛、猿、鷲などが人気を集め、入場料は平日で1銭、日曜日は2銭だった。
現在の総面積は約14万平方mで、東園、西園に分れ、水上動物園、アフリカ生態園、水族館も付属。約900種、約1万点の動物が飼育展示されている。』

<<今日の雑学>>
【桜前線は気象用語ではない?】
『そろそろTVなどで「桜前線」が話題にのぼるころ。
桜前線は、すみれ前線、桃前線などとともに「花の前線」のひとつ。
ただ「前線」などというと、いかにも気象の専門用語のようだが、実は気象庁の公式用語ではない。
1963年に気象庁のお天気相談所がマスコミのために作った言葉で、本来は「開花(満開)等期日線」という。
春になると全国の気象台が桜の予想開花・満開日を発表するが、これらの日のところを1本の線でつなぐと天気図の梅雨前線などに似ているためにこう呼んだ。基準にする桜は本州ではソメイヨシノで、2月から3月の気温をもとにして開花と満開の予想日の桜前線を引く。
桜の開花には数百年間の記録もあり、気候の変遷を知るのに便利で、昔は農民がその年の稲の実り具合を、桜の咲きぶりで占ったという。
花見も本来は暮らしに密着した神事で、花の下で酒を酌み交わすのも、それに付随した神聖な行為に由来する。』

<<今日の雑学>>
【明治にふれる】
『1965年3月18日、明治建築の保存と公開を目的として愛知県犬山市に「明治村」が開村した。明治村は名古屋鉄道株式会社社長・土川元夫と建築家・谷口吉郎の協力で、62年より組織された財団法人により、名古屋鉄道所有の土地に明治建築を収集、移築したもの。聖ヨハネ教会、旧帝国ホテル、三重県庁舎、夏目漱石の家から、長崎や神戸の異人館、灯台、天主堂、芝居小屋、小学校、牛肉店、医院など、現在では50以上の建築物が森や湖のある100万平方mに及ぶ広大な土地に点在。
日本最初のチンチン電車や汽車がその間を縫って走っている。
ここでは、明治という時代がどのようにして始まり、どのように展開したのか、また、そこに生きた人々がどのような生活をしていたかを建物を通して見つめ、この手で確かめてみることができる。』



<<今日の雑学>>
【彼岸の入り】
『春分の日をはさんで前後3日間の計7日間を彼岸といい、春は毎年3月18日前後が「彼岸の入り」となる。
「彼岸」という言葉は、梵語の「ハラミッタ」を訳したもので、つまり「生死のあるこの世界を此岸、涅槃の世界を彼岸、その間に横たわる煩悩を中流とす」という哲学的な考えからきたもの。
彼岸の行事は、桓武天皇が法令をもって崇神天皇追善のため全国の国分寺の僧侶に春秋2回、7日間ずつ金剛ハラミッタ経を読経させたのが始まりで、それが全国民の祖先供養の日となっていったといわれる。
この行事はインドや支那にもない日本独特のもの。この時期にはちょうど太陽が真西に沈むので、これによって涅槃の所在を大衆に示し、その世界に到達できるように祈念したとか、春分・秋分の日は昼夜等分の日であることがちょうど仏教で尊ぶ中道ということに合致するためなどといわれている。』

<<今日の雑学>>
【国立公園のはじまり】
『1934年3月16日、31年制定の国立公園法に基づき、日本で初めて国立公園が指定された。
当初は世界に誇れる景観を見てもらうのが狙いで、海岸や山岳の景色の素晴らしいところが主に指定された。49年には国立公園法が修正されて、国立公園に準ずる国定公園を新たに設置。57年には、自然公園法に改められて、都道府県立公園も生まれた。
92年現在、日本の国立公園数は28、合計面積200513平方kmで、国土面積のおよそ5.43%を占めている。
自然公園法では、国立公園は国が指定・経営管理し、自然景観や野生生物の保護をはかるとともに、国民の野外レクリエーションや教育に利用することなどを目的としている。
天然資源を国家が保護する方針をとったのはアメリカが最初。イエローストン国立公園設定の法案にグラント大統領が1872年に署名した。』
昔と今、そして将来の“3K”って何ですかねぇ~
・「きつい(Kitsui)・「汚い(Kitanai)・「危険(Kiken)」(『3K職場』『3K職種』)
・「高身長・高学歴・高収入」(結婚の条件)
・「顔・金・車」(彼氏に求める条件)
・「小ぎれい・こだわる・枯れ気味」(3K男子)
・「きもい、くさい、気色悪い」
・「考える→決断する→感じる」
・「きつい・帰れない・給料が安い」
・「空っ風・雷・カカア天下」(群馬県の名物)
・「競馬(keiba・特に地方競馬)・競輪(keirin)・競艇(kyoutei)」
・「高金利・過剰貸し付け・過酷な取り立て」(消費者金融の構造的な問題)
・「建築基準法・貸金業法・金融商品取引法」(2008年の景気後退の要因の一部)
・「金利・為替・株価」
・「景気、基地、カネ+可視化」(植草一秀の『知られざる真実』)
もっと、あるでしょうネ
読者の方からのコメントお待ちしてまーす

続きを読む »

<<今日の雑学>>
【日光は光り輝いてない?】
『1961年3月15日、鳴瀧で有名な日光東照宮の薬師堂が焼失した。
ところで「日光」という地名から、太陽が輝くさまを想像する人も多いかもしれない。
芭蕉も『奥の細道』の旅の途中、この地を訪れて「あらたうと青葉若葉の日の光」という句を詠んでいる。
けれど、日光という地名はたんなる当て字にすぎず、日の光とは本来なんの関係もない。
中禅寺湖のそばに男体山と呼ばれる標高2500m近くの山があるが、この山は1200年ほど前に勝道上人によって開山されたといわれ、かつては「二荒(ふたら)山」「補陀洛(ふたらく)山」と呼ばれていた。その「二荒」を「にっこう」と音読みし、それに「日」と「光」の字を当てたのが「日光」の地名の由来なのだ。』

<<今日の雑学>>
【バカヤローで解散するなんて】
『衆議院の解散はよくあること。
しかし、こんなきっかけで解散するのは珍しい。1953年2月28日の国会(予算委員会)で、国際情勢についての質疑応答を行っていた戦後史のドン・吉田茂首相と社会党の西村議員は、互いに興奮していた。
そうしてついに、吉田首相はあまりに噛み合わない西村議員に「バカヤロー!!」と言ってしまった。
このことが野党に追及され、ついには吉田内閣に対する「内閣不信任案」が国会で可決されるまでに発展。
結局、吉田首相は53年3月14日に衆議院を解散することになったのだった。
吉田茂といえば、資本主義体制国との単独講和を行ない、日米安保体制をしくなど、占領軍の指導のもとで日本の立直しを遂行した戦後史の大御所。
ワンマン首相として知られる彼は、こうした逸話にこと欠かない人物でもある。』
『欧州連合(EU)は6月から、貧困層に小口の資金を無担保で融資する「マイクロファイナンス」の手法を活用した就業支援策に乗り出す。
2013年までに最大5億ユーロ(約620億円)を投じ、失業者の起業を支援する。
今後8年で約4万5000の事業創出を見込んでいる。
マイクロファイナンスは06年にノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏が1970年代に始めた。
バングラデシュやインドなどアジア諸国や中南米、アフリカなどの途上国で普及、アジア最大市場とされるインドでは融資残高が約7000億円に拡大した。
先進国の政府系機関が採用するのは珍しい。』
<NIKKEI NET>

<<今日の雑学>>
【上杉謙信の死】
『1530年に越後守護代長尾為景の子として生まれた上杉謙信。
彼は虎千代、景虎、輝虎という名から、70年に入道して謙信と名乗った。
48年には家督を継ぎ、越後を統一。53~64年に武田信玄と5回にわたって闘った川中島の合戦は特に有名だが、勝敗は決しなかった。
61年には上関東管領上杉憲政を継ぎ関東管領となる。
76年に上洛した織田信長に追われて備前に亡命していた将軍足利義昭から「武田・北条と和睦し、安芸の毛利、摂津の石山本願寺、大和の松永と呼応して入京し、信長を討って将軍家を再興されたい」という密書を受け取り、能登の七尾城に猛攻を開始。
翌年9月には開城させ、北陸を制覇。将軍義昭の命を奉じて毛利氏と連合、信長に迫ろうとしていた。しかし、その寸前の78年3月13日、謙信は春日山で病死。49歳だった。』

『衆院文部科学委員会は12日、公立高校で授業料を徴収せず、私立高校生に世帯所得に応じて就学支援金を助成し負担を軽くする高校無償化法案を民主、公明、共産3党の賛成多数で可決した。
これに併せて付則に「法施行から3年後に必要があると認められる時は見直しを行う」との規定を加える法案修正もした。16日の衆院通過を目指す。
公立高校を設置する地方自治体は授業料を原則として徴収せず、国が減収分を補てん。私立高校や国立高校の場合、世帯年収に応じ生徒1人当たり年額約12万~24万円を高校側に一括支給する。
高校授業料無償化は民主党が衆院選マニフェスト(政権公約)に盛り込んだ目玉政策の一つ。』
<NIKKEI NET>

<<今日の雑学>>
【お水取り】
『3月1日~14日に「修二会(しゅにえ)」が行われる。修ニ会とは浄土世界の修行を人間世界に移して行うもので、奈良・東大寺の二月堂で12日に行われる儀式「お水取り(お松明)」はつとに有名。
東大寺では開祖・実忠和尚が752年に始め、2週間にわたって観音様の前で自分の罪過を反省し、仏徒としての魂を鍛練する。
参籠(さんろう)する僧侶には厳しい潔斎(けっさい)と修行が課せられる。
その間は毎夜、大松明が灯されるが、12日の深夜には籠松明という特に大きな松明が振り回され、参詣の人々は争ってこの火の粉を身にうけ、厄除けにしようとする。
午前2時ころには、呪師や練行衆が堂の下の閼伽井(あかい)の香水(若狭井から送られる聖水)を汲みあげ、本堂の仏前に供す。
この水をいただけば病難を免れ、奈良ではお水取りがすめば春がくるという。』
『オバマ米大統領は11日、1月に打ち出した「輸出倍増」計画の推進策を発表した。
関係閣僚会議を創設する一方、民間企業トップによる大統領輸出評議会を再開する。
暗号ソフトなど軍事関連技術を含む輸出規制の緩和や輸出企業への融資など貿易金融の拡充にも着手。
中国の通貨人民元相場の切り上げも促した。
米国内で民間主導色が強かった輸出振興で官民一体の態勢を整えて売り込みを展開し、200万人の雇用創出につなげる戦略だ。
オバマ大統領は11日、1993年のクリントン大統領以来、17年ぶりに米輸出入銀行の年次総会に出席。
演説で「(グローバル化の進展を)傍観しているだけでは雇用は創出できない」などと語り、輸出倍増構想への取り組み姿勢と具体策を示す。
新設する関係閣僚会議は国務、財務、商務などの長官で構成。
4月に第1回会合を開く。
再開する大統領輸出評議会の会長にはボーイングのマクナーニー、ゼロックスのバーンズ両CEO(最高経営責任者)が就く。』
<NIKKEI NET>

<<今日の雑学>>
【羽田空港にジャンボ機が初めて到着】
『1970年3月11日、世界最大の旅客機ボーイング747型機(ジャンボ機)の日本への第1便が東京国際空港(羽田空港)に到着した。
このパンアメリカン航空の巨大な旅客機をひと目でも見ようと押しかけた約1万人の見物客が見守るなか、172人の乗客は3時間後にホノルルへと旅立った。
ボーイング747型機は、最高490人乗り、全長70m、全幅60m、巡航速度毎時900km、航続距離1万1000kmという大量輸送旅客機。ボーイング社が4年の歳月をかけて開発したもので、当時は1機78億円であった。』
『自民党の河野太郎衆院議員は10日、党本部で開いた外交部会で、外務省の有識者委員会が核持ち込みなどに関する「密約」の存在を認めたことについて、「なぜ自民党政権の時に公開できなかったのか。
自民党としてけじめを付ける必要がある」と述べ、過去の政権の対応を批判した。
河野氏は外相経験者を呼んで説明を求めることを提案。
岩屋毅政調副会長は「検討する」としている。
石破茂政調会長は同日の記者会見で、「自民党政権時代に明らかにしなかったことの意味は国益にどうだったかという観点から議論すべきだ。責任があるなら明らかにしないといけない」と述べ、前向きな姿勢を示した。』
<NIKKEI NET>

<<今日の雑学>>
【応天門の炎上】
『866年3月10日夜、大極殿の前にある応天門が炎上し、棲鳳・翔鸞の左右二楼も延焼するという事件が起こった。
この事件の経過を描いた絵巻物『伴大納言絵詞』によると、大納言伴善男は左大臣源信を失脚させるために、この事件を信らの反抗だとして直ちに責めたが、参議藤原基経や太政大臣藤原良房らによって信の無実が明らかになり釈放。
そして同年8月、放火現場の目撃者が現われ、犯人は善男の子中庸であることが暴露され、善男は伊豆、中庸は隠岐、共犯者の紀豊城は安房に流された。
この結果、古代からの豪族である大伴氏や紀氏らは没落、藤原氏がさらに勢力を増したという。現在の人間からは優雅に見える平安朝でも、どすぐろい陰謀がうずまいており、後ろ暗いことの多い貴族たちは陰陽道や加持・祈祷に熱心だったのである。』
『内閣府の外郭団体である経済企画協会は9日、3月の「ESPフォーキャスト調査」を発表した。
民間エコノミストの経済予測の平均値をみると、2010年1~3月期の実質国内総生産(GDP)成長率は前期比年率1.17%となった。
前回調査の0.80%を上方修正したものの、09年10~12月期の実績である4.6%(速報値)を下回る見通しだ。
調査は2月23日から3月2日にかけて実施。
金融機関やシンクタンクなどの専門家38人が答えた。
実質成長率の平均値は10年4~6月期が1.22%、10年7~9月期が1.63%と徐々に高まる。
10年度の実質成長率は1.66%となるが、デフレの影響で名目成長率は0.41%にとどまる。
内閣府は11日、09年10~12月期のGDP改定値を発表する。
日経グループのQUICKがまとめた民間予測の中央値では、実質成長率が前期比年率4.1%に下方修正される見通し。
設備投資は前期比0.4%増で、速報値の1.0%増を下回るとみている。』
<NIKKEI NET>

<<今日の雑学>>
【春の雪は牡丹雪】
『太平洋側では、真冬より春の声を聞いてから雪が降ることがよくある。
まるで冬に逆戻りしたかのようだが、これは春ならではのことで、東シナ海で発生した低気圧が日本の南岸沿いを通るときに、北の冷たい空気を呼び込んだため。
このとき降る雪は、牡丹(ぼたん)雪であることが多いが、これは上空での凍結温度が高いために、ふわふわとした大きな雪片になるのだ。
一見積もりやすそうな牡丹雪だが、実際は降るそばから消えていく。
あまりあっけなく消えてしまうことから、春の淡(泡)雪とも呼ばれる。』
『中国人民銀行(中央銀行)の蘇寧副総裁は8日、北京で日本経済新聞記者らと会い、焦点になっている貸出・預金金利の引き上げ時期について「物価の上昇が極めて重要な指標になる」と述べ、インフレ懸念が強まれば利上げに動く考えをにじませた。
蘇副総裁は「人民銀は今年、適度に緩和的な金融政策を実施し、経済の安定成長を後押しする」と指摘。
一方で「同時に物価の過度な上昇を防がなければならない」と強調した。
「人民銀はインフレを防ぐために預金準備率や公開市場操作、金利の調整などの手段を使える」と語り、安定成長を後押しする現状の政策の下でも利上げを排除しない姿勢を示した。』
<NIKKEI NET>

<<今日の雑学>>
【国際婦人デー】
『1904年3月8日、繊維関係に従事していたニューヨークの女性労働者たちが、低賃金や劣悪な労働条件の改善や参政権などを求めて集会を開いた。
この運動に感銘を受けたドイツの婦人革命家クララ・ツェトキンは、1910年にコペンハーゲンで開かれた第7回国際社会主義者会議で毎年3月8日を「婦人の完全な政治的自由と平等、平和維持のために戦う日(国際婦人デー)」にすることを提案した。
彼女は第1回国際社会主義婦人会議開催を主導するなど、婦人運動に指導的役割を果たした人物。
ドイツ共産党創設に参加し、第3インターナショナル婦人局長として活躍した。日本での「国際婦人デー」は、1923年3月8日、社会主義婦人団体が東京・神田のキリスト教青年会館で「女だけの演説会」を開催、婦人の政治的・社会的・経済的自由を訴えたのが初め。』
『6日に実施された国民投票での「預金返済法案」の承認失敗を受け、アイスランド政府は今週中にも英国、オランダ両政府との交渉に入る。
両国に預金の返済条件の緩和などを求め、新たな法案をまとめる構えだが、英蘭が譲歩するかどうかは不透明。
欧州景気の回復がもたつくなか、中小国の金融不安が再燃する可能性もある。
国民投票では開票率が90%を超えた段階で、反対票が90%以上に達しており、返済法案が否決されるのは確実。
アイスランド政府首脳もすでに法案が否決されたとの判断を示している。
スカルプヘージンソン外相は日本経済新聞に対して「週明けにも英蘭との交渉を再開できると思う」と語った。
そのうえで「これまでの(英蘭との)交渉は建設的で、早期に合意に達することは可能と思う」と楽観的な見通しを示した。』
<NIKKEI NET>

<<今日の雑学>>
【江戸時代の消防隊「火消(ひけし)」】
『日本の都市では伝統的に火事が多く、なかでも東京は「喧嘩と火事は江戸の華」といわれるほど江戸時代から度重なる大火に見舞われてきた。
そのため、江戸には18世紀ころまでに3大消防組織が整備されていた。旗本が率いる「定火消」と大名への江戸幕府の課役である「大名火消」、そして民間組織の「町火消」がそれである。
町火消の消防夫(ガエンと呼ばれた)は鳶人足が中心で、江戸っ子の典型として活躍し、定火消や大名火消の縄張りを侵すこともあった。
当番の日には、彼らは大部屋で1本の長い丸太を枕に寝ていたという。火事が起きると半鐘が鳴り、つづいて出動の太鼓が叩かれ、大部屋の不寝番が丸太を小づちで叩き、ガエンたちを起こしたのである。
もっとも実際には、丸太を叩かれるまで起きないような火消しはほとんどいなかったとか。』


『中国人民銀行(中央銀行)の周小川総裁は6日の記者会見で、金融政策について「各種の経済指標に基づいて機動的に調整する必要がある」と述べ、物価情勢などによっては金融引き締めに転換する時期を探る考えを示唆した。
全国人民代表大会(全人代)に合わせて会見した周総裁は「いまは依然として適度に緩和的な金融政策を実施している」と強調。
今年に入って預金準備率を2度にわたって引き上げたことは、行きすぎた金融緩和の修正にすぎないとの認識を示した。
一方で「我々はインフレを高度に注意しており、インフレ予想をよく管理しなければならない」とも述べ、物価上昇への警戒を強めている姿勢をにじませた。
人民元相場に関しては「金融危機下で特殊な相場形成メカニズムを採用することもあるが、こうした政策は遅かれ早かれ『出口』の問題が生じる」と指摘、将来の元切り上げ再開に含みを持たせた。』
<NIKKEI NET>

<<今日の雑学>>
【ゴシップの意味】
『日本初の女性週刊誌『週刊女性』の創刊号の特集記事は「孤独女性は不道徳か」と題して、ハイミスの実態をさぐったもの。
女性週刊誌にはゴシップやスキャンダル(醜聞)の記事がつきものといわれるが、現在では「うわさ話・雑談・陰口」などの意味に用いられているコジップという言葉、もとの意味は全く違っていた。
ゴシップ(gossip)とは中世英語のgodsibbが変化したもので、godは神、sibbは「~と関係がある」という意味。
つまりゴシップとは「神との関わり合い」という意味で、godparent(名づけ親、後継者)と同じ意味に用いられていた。
名づけ親には親友がなることが多いため、godsibbは「親友」の意味にも使われるようになり、やがて「内輪の話」という意味になり、現在の意味に変化していった。』


『厚生労働省は5日、2月の労働経済動向調査を発表した。
正社員が「不足」と答えた事業所の割合から「過剰」の割合を引いた過不足判断指数は全産業でマイナス5となった。
3カ月ごとにまとめている同調査で、指数がマイナスとなるのは5四半期連続。
ただ、昨年11月の前回調査よりマイナス幅は3ポイント縮小しており、雇用の過剰感は徐々に薄れつつある。』
<NIKKEI NET>

<<今日の雑学>>
【日本初のスチュワーデス】
『女性の憧れの職種であり、現在多くの航空会社で活躍しているスチュワーデス。1931年3月5日は、そんなスチュワーデスが日本で初めて誕生した日。
今でも難関のスチュワーデスだが、エア・ガールという名で東京航空輸送会社が募集した日本初のスチュワーデス採用試験も、とても厳しいものだった。140人もの応募者のうち、130人は1次試験で落ち、最後の試験まで残った者は、わずか8人。
この8人は最終試験で実際に飛行機に乗り、健康状態や顔色まで調べられた。こうして、この日の午後4時、数々の難関を見事に通過した3人の合格者が発表され、大空にはばたいたのだった。』


『マレーシア中央銀行は4日の金融政策委員会で、翌日物政策金利を現行の2%から2.25%に引き上げた。
利上げは約4年ぶり。
景気回復が鮮明になり、金融緩和の見直しに動いた。金融危機後に利上げに踏み切るのは、東南アジアでは昨年12月のベトナムに次いで2カ国目となる。
中銀は声明で「内外需に支えられ、経済はさらに力強さを増すとみられる」と指摘
インフレの進行などを防ぐため「金利水準を正常に戻すことが必要だ」と説明した。
マレーシアでは金融危機の影響で景気が悪化し、2008年11月に利下げを実施。
09年1月と2月に追加利下げに動き、利下げ幅は合計1.5%に達した。
それ以降、約1年にわたり金利を据え置いていた。』
<NIKKEI NET>

<<今日の雑学>>
【前野良沢・杉田玄白らが腑分けを見学】
『1771年3月4日、江戸の千住小塚原の刑場で腑分け(解剖)が行われた。
蘭学医の前野良沢・杉田玄白・中川淳庵は17年前に山脇東洋が初めて刑死体を見て書いた『臓志』を見て、漢方医の五臓六腑説に疑問を抱き、自分たちも実際に人体の内部を知りたいと考えた。そこで腑分けの許可を願い出、斬首された京都生まれの青茶婆という老女を腑分けすることになったのだが、医師が直接に死体に触れることは許されなかったため、雑役が腑分けするのを見学。ドイツ人クルムスのオランダ語訳解剖書『ターヘルアナトミア』を片手に見入っていたところ、その解剖図と一致していることがわかり、日本語訳することにした。彼らは翌日からこの難事業にとりかかり、3年4カ月後に『解体新書』として刊行。この間の苦心談は杉田玄白の『蘭学事始』に記されている。』
『1月の現金給与総額(従業員5人以上、速報)が前年同月比で20カ月ぶりに増えたが、家計の雇用・所得環境が一気に好転するとの見方は少ない。
企業の間では雇用の過剰感がなお強く、人件費抑制の手を緩めるのは難しい。
輸出や生産の改善にはこのところ一服感も出てきただけに、賃金や労働時間の先行きは不透明だ。
2008年9月のリーマン・ショック以降、企業は雇用と賃金をいずれも抑制した。
残業代は08年12月から09年夏まで、前年同月比で10~20%近く減少。
残業時間も同様で、製造業では40%前後のマイナスが続いた。
これらの反動が今回の統計改善につながった面は否定できない。
金融危機の影響が一巡し、賃金や残業時間がようやく下げ止まってきた段階にすぎない。』
<NIKKEI NET>

<<今日の雑学>>
【左近の桜と右近の橘】
『内裏雛、三人官女、五人囃子……5段、7段と、豪華に飾られた雛人形。
これは雛飾りに王朝時代の御所風俗が江戸時代に取り入れられたもの。向かって右側に桜、左側に橘が飾られるのもそのひとつで、京都御所の正殿・紫宸殿の前の両わきに植えられている「左近の桜」「右近の橘」を模したものといわれる。
平安時代、左近の桜は天皇の御座所から見て左にあり、即位・朝賀・節会など重要な儀式のおりに左近衛府の官人が、この桜から居並んだことにその名は由来する。それまで梅だったのが、平安朝の仁明天皇の時に、人々が愛した桜に代えられたものだといわれる。
また、右近の橘は天皇の御座所から見て右方にあり、右近衛府の官人がこの橘の所から居並んだことに由来している。
『古事記』に出てくる垂仁天皇に尽くした田道間守の感動的な説話にもとづくという。』

Powered by FC2 Blog
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。